草津温泉 ― 2016年09月01日 12:41
この日のプログラムを見て、どうやってシューベルトをイタリアに結びつけるのかな?と、興味がありましたが、「ゲーテがイタリアの芸術から受けた感動は、イタリア紀行=君を知るや南の国=として出版」。
そして最初の曲は、F・シューベルト「君を知るや南の国」で、昨夜、素晴らしいスキャットを聴かせてくれた、ジェンマ・ベルタニョッリさん。そしてピアノの伴奏は昨夜と同じ、ブルーノ・カニーノさんでした。
ピアノのソロも聴きたいな・・・と、思っていたところ、プログラムにはない、メンデルスゾーンの無言歌集から数曲を。観客のみなさんも、同じ気持ちだったのでしょうね。
一部の終わりのアンコールは、ローッシーの「二匹の猫による二重唱」で、ソプラノ二人に加えて、テノール、バリトン、そして伴奏のブルーノ・カニーノさんも加わっての、楽しい「猫語の歌」でした。
休憩後は、おなじみのL・ポッケリー二の弦楽五重奏曲 ホ長調作品13(11)の5と、H・ヴォルフ イタリア風セレナーデ(演奏はバノハ弦楽四重奏団)の二曲で、これまた素晴らしい演奏!
この日は、開演が16:00だったので、昼間は西の河原を散策し、コンサートから帰って、ゆっくりお食事。ちなみにチケット代は¥4,200でした。
=草津温泉街から5分ほどの、西の河原。川の水温が暖かいので最初はびっくりしました。¥500の露天風呂もあります=
草津音国際音楽祭と美智子皇后 ― 2016年09月02日 10:16
草津音国際楽祭はコンサートだけでなく、workshopもあります。ピアノやヴァイオリンなどのレッスンを受け、その様子を見学することもできます。
コンサートホールではなく、近くの「天狗山レストハウス」で開催され、毎年恒例のようですが、美智子皇后もここで数回のレッスンを受け、その後、伴奏者として共演をなさいます。
おいくつになっても、こうした公の場で(今でもNHKのニュースサイトで見ることができます)、ピアノを弾くということは大変なこと。日頃常に練習をしていないと・・・。
今年も、調律師さんから「調律の時期が近づいてきました」というお葉書が届きました。毎朝、ピアノを弾いてから、お箏の練習に、と思いますが、少しでも時間と気力があると、お箏に向かってしまいます。弾いていないのが、調律師さんにバレるぅぅぅ〜
帰国して真っ先に買い求めたのが、グランドピアノでした。Bangkokは、あの一年中高温多湿の中で、アコースティックのピアノを良い状態に保つのは、無理!電子ピアノを日本から取り寄せました。
マンションは日本のサイズではないので、置き場所は十分なのに。
私の大好きなFAZIOLIの置いてある楽器店で、よく弾かせていただきましたが、あのピアノは、今頃何処に?
=ホールの前の中庭で、始まる前にアルペンホルンの演奏があります=
草津温泉のお土産 ― 2016年09月03日 15:58
「名物にうまいもの無し」と昔からよく言われていますが、そんなことは決してありません。野沢温泉の野沢菜は、お漬物が好きなひとにとっては、絶品野沢菜ですし。
そして草津には・・・?
残念ながら、極上の「硫黄の温泉」しかありません。私は、あの硫黄の匂いが苦手で、湯畑でもどしたことがあります。
でも慣れと言うのは、オソロシイもので、今では「硫黄の温泉」でないと、温泉に入った気がしません。草津国際音楽祭でいつもお世話になっている旅館は「泉水館」さん。建物は最近改築をしましたが、お湯は大正12年からの伝統的なまま残っており、嬉しかった!
今日は、2週間ぶりのお箏のlessonの日でした。先週は、ほとんど草津と軽井沢に居たようなものなので、実質の練習は1週間ほど。昨日は「もうこれ以上練習は無理」というところまで、やりました。
自分の練習を客観的に見て、完全にダメだ!というところは、極力練習で克服をしているつもりですが・・・。今日、教えていただいたことは、忘れないうちに練習をしましょう!
=今回ご一緒してくださった3歳からのお友達、和子ちゃんに食べていただく機会がなく残念でしたが、温泉まんじゅうは、草津の温泉街から見て湯畑の上に位置する、「ちちや」さんがオススメです=
軽井沢の想い出 ― 2016年09月04日 10:55
東京のど真ん中に住んでいたので、母は夏になると、軽井沢に部屋を借りてくれました。当時は、夏だけ大きな田舎の家のひと部屋を貸す、という家がありました。
母が借りてくれた部屋は、おじいさん&おばあさんだけで、お食事の支度や身の回りのお世話をしてくだるのです。
ある夏のこと、私ひとりでは寂しかろうとと、時々にこのブログにも出演していただいている、和子ちゃんをお誘いしました。
当時の軽井沢は、なーんにもありません。隣の家はアメリカ人の別荘で、そこの男の子と喧嘩をする程度。母が迎えに来てくれる日を待ちきれなくて、二人のお小遣いを合わせて、やっと電車ではなく「汽車」のチケット分になり、おばあさんたちに黙って、汽車に乗って脱出。私は帰ってから母にかなり叱られましたが、これが夏の軽井沢の最後でした。
当時、軽井沢の駅前には「貸しピアノやさん」がいくつかありましたが、高校に進学をして、迷っていた進路を音楽の道に決めたので、ピアノが手元にない生活は無理だったこともあると思います。
和子ちゃんとは、小学校も中学校も一緒で、特に中学のときは、学校の帰り道に、互いに答え合わせをしました。二人の答えが同じならば、絶対に正解!
もし違っていたら、「私が間違った」と思っていましたが、和子ちゃんも、ご自分が間違えたと思っていたということを、最近知りました。でも、よくよく考えると、問題を全部覚えているということは、かなり凄いことですね。
=軽井沢のアウトレットから見た、離れ山です。この山の麓に借りていた部屋があり、この山をみると、一気にあの頃のことが想い出されます=
ウンターリンデン美術館 ― 2016年09月04日 23:21
今日は、神戸のときの、ピアノの生徒さんとランチ。彼女が30代、私が40代のときからのお付き合いです。
いよいよ、ショパンの小品まで進み、グランドピアノに買い換えていただき、その直後に私が東京に戻ることになってしまい、今でも申し訳なかったと思っています。
彼女もご主人の転勤と共に、現在は三鷹に。私のところは立川に近いので、中央線のどこか落ち着いたレストランで、ということになり、例の美術館のような「国立の北川」でフレンチをいただきました。
ご夫妻で、毎年海外旅行をなさっているので、「フランスのアルザス地方のコルマールにいらしたことは?」と。
そうしたら、「あの有名な、イーゼンハイムの祭壇画を見に、アルザス地方の旅行をしたときに、立ち寄った」とのこと。
この祭壇画こそが、柳井伊都岐氏が21年もの再月をかけて、模写をし、NHKのドキュメンタリー番組「祭壇画の謎に迫る 柳井伊都岐21年の死闘」の、グリューネ・バルトの傑作「イーゼンハイムの祭壇画」です。
番組の中での、氏の「模写とは、色や形を追うことではなく、この絵画の源である、色や形を推理し、夢見ることだ」と、淡々と語る言葉が、私はとても心に残っています。
想像を絶する、苦闘と模索の21年間の軌跡でしたが、「コルマールには、グリューネ・バルトの祭壇画を模写して、その中に秘められた謎を解明しようとするひとりの日本人の画家がいるということが、街のひとに広く知られているので、居心地はとてもいいです」と、アルザスの田園を眺めながらの言葉も、印象的でした。「幸せな時」とは、このようなことを言うのでしょうね。
そしてこの言葉にも、イーゼンハイムの祭壇画のキリストが「人間のあらゆる苦痛と苦悩を引き受けている様子が描かれているが、一方では未来も感じることができる」との、美術館の学芸員の言葉と、相通じるものを感じました。
この祭壇画を見るためだけに、アルザス地方を旅行し、コルマールという街に滞在する意味はある、と今日の元生徒さんもおっしゃっていました。
いつの日か、私も・・・。




最近のコメント